ASM-P

老衰その後

エスティニアンと光の戦士が添い遂げその後
エスティニアンはニーズヘッグの力で不老になっています


年老いたルカとアルフィノ

目を覚ますと、そこには懐かしい、アプカル滝で頭をなでてくれた老紳士の顔が見えた。
「ルイゾワ様?」と尋ねると。ぼんやりと瞳に映るその人は優しく笑い
「敬愛する祖父に間違われるなんて光栄だ。久しぶりだね、ルカ。
 今日も君の絵を描きにきたんだよ。さあ、今出来たところだ、見るかい?」
そう言う彼の顔は、数年前より少し皺が濃くなっていたが、相変わらず品の良い美しい顔をしていた。彼の見せてくれた絵の中の私は、以前より小さく細くなり、しかし穏やかで幸せそうな顔で眠っていた。
私を包む柔らかで清潔なベッド、日の差し込む外の景色は鮮やかな新緑。部屋には、もう一つの寝台と使い込まれた幾つかの家具。それが今の私の見渡せる世界の全てだった。
「ルイゾワ様がお迎えに来てくれたのかと思ったぞ」そう笑うと、アルフィノは少し眉を下げ、手を優しく握ってくれた。
「先ほど目を覚ましてね、話をする事が出来て本当に良かったよ。」
日が落ちる前に寝室から顔を出したアルフィノは、いつものように描いた絵を渡してきた。こうしてルカの絵を描いてもらうのは何枚目、何十枚目か。
「次に来る時はきっと妻を連れてくるよ。彼女は最近生まれた孫に夢中でね」
早々に帰らなくてはならないと言う彼は、茶も飲まずに帰り支度をする。
相変わらず大小問わない厄介事に首を突っ込んでは、その知で人助けをする忙しい日々を送っているようだ。
「いいさ、幸せにしているのなら何よりだ。アイツは俺に会うと、自分ばかりが若いと恨み言しか言わなくて五月蠅いからな。よろしく頼む」
 

五十を過ぎた頃だったか、俺の体についていけなくなったと涙をこぼしていたルカだったが、その後は、吹っ切れたように笑顔を取り戻し、しかし冗談めかして
「エスティニアンはこんなところで年寄りに付き合ってないで自由に生きたほうがいい」
「私が死んだあとは若いお嫁さんもらうんだぞ?ヴィエラなんていいんじゃないか?すっごく長生きだって聞いたぞ」
そんな風に言う事が増えてきた。その度に俺と喧嘩になるとは解っていたのに。
ルカはこのところ食事もほとんど出来なくなった。目を開けている間も、一日のうちでほんのひと時。横たわった体を起こす事も自分では出来ない。
もうその時が目の前に来ている。アルフィノはそんな時を察したのか、痛むという膝をかばい杖をつきながらも訪れてくれたのだ。
いつまで経っても察しが良く優しい男だ。今思えば、うちの我儘娘にはもったいないくらいに思えた。
薄暗い部屋で、受け取った絵をいつもの箱に仕舞う。ふと沢山に重なった黄ばんだ紙の一番下を引き抜く。
はじめて描いてもらったルカの絵だ。あの頃は別に頼んだわけでもなく、アルフィノが気を利かせて記念にと描いてくれただけのものだった。
花嫁衣裳で、若く、可愛らしく微笑むルカの横には、今と変わらぬ姿の俺も描かれていた。
優しい笑みを浮かべる男の姿が照れ臭く「これが俺か?」と不満を言った覚えがある。
その大切な紙束にしずくが落ちてしまいそうになり、慌てて箱の蓋をする。これは本当に本当に大切なものなのだ。

ずっと俺の手を離そうとしていたはずのルカは、今わの際には
「そんなに泣くくらいなら、ついてきてもいいんだぞ」と笑って逝った

あの頃4人で見上げた時と変わらない、蒼天を貫く白い塔を一人で見上げる。
その空を覆うような大きな白い翼が舞い降りたのは、そこで奴を待って三日を過ぎた頃だった。
心配そうに俺の傍から離れなかった毛だるまは、白竜の気配を察して飛び去っていった。
「前に会ったは五十年ほど前であったか?その頃からお前は全く変わりがないな。
 もしやとは思っていたが、ニーズヘッグの力が濃く残ってしまっているようだな」
ビリビリ頭に響く竜の声を聞くのは久しぶりで、眠っていた意識を揺さぶり起されるような感覚になる。
「この竜の力を宿した槍を迂闊に誰かに預けるわけにもいかないからな。」
死地を探す旅路にこの力を秘めた槍がどうにも邪魔だと気づいたのは、最近の事だった。
地面に突き刺した己の分身とも言える魔槍と、俺の顔をじっと見据え、しばし考えた竜は空を仰ぐ。
「恨む相手もおらず、永きを生きるのは辛かろう」
この白竜の察しの良さには驚かされる。僅かに人と交わったというだけで、ここまで解り合えるものなのかと。死んだ仲間たちを思い、少しの悔しさも胸を刺す。
「死のうとしたさ、でもどうにもこの体は頑丈らしくてな。自分ではどうにもならなかった。
 あんたはどうやって越えてきたんだ?」
「何一つ忘れず思い続けいるだけだ」
白竜は空から視線を落とさずそう呟いた。なんとも、辛く、絶望する回答か。
「人の魂は、また別の形になり永久を巡るという。しかし私は、再びシヴァを探す気にはならなんだ。
 逢ってしまえば別れがくる。竜の私からすれば、ほんのひと時の幸せのために それを繰り返すのはあまりに辛い。
 お前はどうする?
 あの子の魂もまたどこかに産まれて落ちているのかもしれぬぞ」
頭痛のように頭を揺さぶるその声は、慰めるでもなく、励ますでもなく、ただ淡々としていた。
愛しさと悲しみで狂ってしまった竜を、人を、散々見てきた。
そうなる事だけは避けたくて、俺はかの雌竜のように眠る事を選択した。

私は小さな頃から夢を良く見た。これから起こる事の夢、すでに起きてしまった過去の夢。
両親からそれは『超える力』と呼ばれる神様からの授かりものなのだと教わってきた。
その優しい両親も流行り病で死んでしまい路頭に迷い、12を超えたばかりの私は娼館に買い取られる事になった。
こんなところで大人の慰み者になって生きるなどまっぴらだと、引き渡される前日の夜中、奴隷商人の鞄から持てるだけの金を奪い、全力で駆けた。
いつも夢に出てくる、淋しい独りぼっちの竜に会いに行こう。何故だか突然そう思い、北を目指して走った。

おわり
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