オレオールその後
オレオールでの邂逅の後。
お互いに「ありがとう」と「さよなら」を伝えた。
私に沢山のものをくれてありがとう。
君がいなくなってから、一つ一つその思いを集める旅も楽しかったよ。
そう伝えたけれど。
感謝だけを伝えたかったけれど。
いざ彼の顔を見ると、涙が一つ二つとこぼれ落ちる。
寂しかったよ。気持ちを返したくとも、君はいなくて。なんて酷いことをしてくれたんだと怒りを覚えた日もあった。
それでも、今の私を作ってくれた君に感謝している。悪くないと思える人生になった。
だから、今度こそ。さようなら。
ヒンメル、今の私は君の事が好きだよ。
この先もずっと、忘れられない。
オレオールからの帰り道は静かなものだった。
私とフェルン、シュタルク。それに加えて北の地で再び合流できたザイン。それぞれがそれぞれの忘れがたい人との邂逅を果たし、感謝と別れを告げることができた。
その後は、旅の土産話と、弟子達の喜ばしい報告のために4人でひとまずアイゼンの元へ寄る事となった。
シュタルクとフェルン、寄り添って歩く二人の後方を私とザインが歩く。そんな日々にも慣れてきていた。
ふとザインが尋ねる。
「フリーレンは、勇者様が転生するのを待ったりするのか?」
「輪廻転生があるというのなら……いつかヒンメルに。それ以外の出会った人達とも会うのかもしれない。でもそれは新たな出会いだ。あの頃、私を思ってくれたヒンメルはもういない。それにもう、全部受け取ったしね。」
そう言って何の装飾もついていない左手を掲げ見る。
「それを抱えて生きていくのが、エルフっていう生き物なんじゃないかな。」
この旅でたどり着いた、自分なりの落とし所をザインに語る。しかしこの男はそれをなんとも不満げな顔で受け取るのだ。
そうか、と苦虫を噛みつぶすような顔で言った後「女神様も酷いことをする」と呟いた。
何か言ったかと尋ねると、いいやと否定する。私の大きな耳には女神様への愚痴がしっかり届いていたのだが、聞こえないふりをした。
しかし聖職者としての自己嫌悪なのか、ザインは数日洗えていない髪をむしゃくしゃとかきむしって唸った。
「やめてよぅ。フケがとぶよ」
と脇腹を小突く。ほっとした笑いが自分から出たことに驚いた。
こんな不抜けた笑いをしたのは久々な気がしたのだ。
アイゼンの元へ帰り着き、シュタルクとフェルンの結婚を報告した。そして五人でのささやかな結婚の祝いが開かれた。
道中に私とザインの二人でプレゼントした、簡素だが美しいレースのワンピース。白一色のそれをきたフェルンは、青い空の元、とても眩しく見えた。
アイゼンの家に全員で世話になる部屋は無いため、私とザインは早々に彼らと別れ、近隣の村の宿屋に移動することとなった。
その夜は、これからの新婚二人の生活について勝手な想像を膨らませ、それを肴に酒を飲んで盛り上がった。
「ザインは故郷の村にもどるの?」
私がそう聞くと
「まだ……ここにいるよ。だから、そんな顔するな」と、何故かテーブルに置く私の手をぽんぽんと軽く叩かれた。
なにそれ?とわけがわからず尋ねると
「お前、フェルンとシュタルクの結婚式をどんな顔で見てたか自覚してるか?」
そう聞き返すザインの顔は、小さな子供を諭すような、優しく穏やかなものだった。そうか、こいつ僧侶なんだと妙な所で納得してしまう。
「え?祝福していたと思うけど」
「ああ。能面が笑ってるみたいだった。心ここにあらずだったぞ」
「能面ってひどい……」
要領を得ない私の顔の前でザインは一つ手を叩き
「……よし。俺がお前を診てやろう」
そう言うと、まるで女神の魔法でも使うかのように、片手で私の手を握り、もう一方の手を額にかざす。
「え?なに?病気とかなんもないんだけど」
わけもわからず困惑する私に、さも今判明しました!みたいな大げさな表情で
「お前は寂しいんだ。オレオールで、ヒンメル様と別れて、痛みに蓋をしている」
うさんくさい僧侶面で決めつけてきた。時々いるんだ、こういう坊さん。
そんなことは…と反論しようとしたが、正直自分がどんな顔をしていたか自信がなく口ごもる。
「ヒンメル様が亡くなった時はどうだったんだ?」
「あの時は……。何かいっぱい涙がでて、よくわかんない感じだった」
何も理解出来ず、ただただ後悔に打ちのめされていたあの日の事を思い出す。
「その時は、ハイター様達が側にいたのか?」
肯定すると「俺も僧侶だ」と私の瞳をのぞき込む。
「しってるよ」
「10年とはいわないけど、結構長くいっしょにいたよな。それに、お前が嫌になるくらいまでは一緒にいてやれる暇もある」
なにそれ、とはぐらかそうとしたけれど、私を見据えた瞳も、握られた手も、逃がすものかとしっかりと捉えて離さない。
「もう、泣いていいぞ」
そういうザインの瞳も、少し。ほんの少しだけど滲んでいるように見えた。
それもそうか。オレオールに行ったのは私だけではないのだから。
「泣くと、少し心が軽くなるんだ。前もそうだったろ?俺も両親が亡くなった時はそうだった」
握られた手に、ぽろぽろと涙が落ちる。
「いっぱい悲しい。寂しい」
「ああ」
「愛しいと思った人がいなくなるのはとても辛い」
「そうだな」
私を肯定してくれる優しい落ち着いた男の声に、次々と涙の粒が降り注ぐ。
ふと、以前私の頭と背に添えられたハイターとアイゼンの手を思い出す。
「でも。今もそんな私を慰めてくれる手があるんだから、恵まれているな」
涙のままにザインに笑ってみせたけど、きっと不細工な顔だったのだろう。
少し驚いた風なザインは、私の顔を見ないようにする為か、優しい抱擁をくれたのだ。なんとも言えないくすぐったさと安心感に、ザインの上着を涙と鼻水で汚してやろうとその胸に身を任せた。
翌朝食堂で顔を合わせたザインは、私のまぶたの腫れ具合にどん引きつつ、もう一泊してから村を立とうと提案してきた。
ザインは大人のお姉さんと旅しないのかと、当初のザインの旅の目的「その2」を思い出し尋ねてみる。
「縁があったらな」と私の頭をぐりぐりと撫でる。朝結んだばかりの髪が乱れるのでやめてほしくて手を振りほどく。
「そっか。ザインがずっと一人のままなら、私が看取ってあげようか」
ふと、思いつきを口にする。
なに?もう老後の話?と要領を得ないザインに
「私、ハイターの介護の手伝いしたことあるし。フランメの時は一人でしたことあるから多分できるよ。千年前だけど」と胸を張る。
そうだ私はザインよりずっと年上のお姉さんなのだから。
「千年前の介護かぁ……」とあからさまに不満顔である。
「私はもうちょっと、人との上手な別れの仕方を学びたい」
少し前から思っていたことを口にする。
ヒンメルとは生きている間にどう関係を結び、別れるべきだったのか。弟子達とはこれでよいのか?アイゼンとは?
いくら考えても答えはでない。きっといつまでも、人との付き合いというのは私には難解なのであろう。
その点どうだ、この僧侶は。いつか数年共に暮らした、年老いたハイターと同じ安心する匂いがする。
ハイターとの別れは、私の人生の中では満点に近いものだったと思える。寂しくとも後悔は一つもない。
「ええ?俺って練習対象なの?」
「ふふん」
「ま、いいけどさ。だったら、当面はお前さんの魔法収集の旅とやらに付き合うとするか。暇だし。100年くらいでいいか?」
そう気安く応えてくれた彼に内心ほっとする。まだ、一人になるのは辛いのだ。
「長生きする気満々じゃん。でも助かる。ザインは優秀な僧侶だからね、破戒僧だけど。」
「破戒僧は余計だ」
「頼りになるよ」
ザインが私と共にいてくれることを肯定してくれたことに、思わず顔が緩んでしまう。
そんな私の様子に呆れたのか、観念したのか。
やれやれと残った朝食をかき込む彼は、昨日までより少し軽やかな顔をしているように見える。きっと私もそうなのであろう。
「今度、ゴリラの話いっぱい聞かせてよ」と、付け合わせの玉葱を彼の皿に乗せながら催促すると
その玉葱をブスリとフォークにさしてニヤリと笑う
「長いぞ?」
「私は時間ならいくらでもあるからね」
「そりゃそーだ」
そう笑うザインの笑顔も、きっとこれからも私の大切な物の一つになってゆくのだろうと、窓の外に拡がる青を見やり思うのだ。